視察(国内外)

大阪EXPO2025(1)






大阪万博へ出かけてきた。敗戦から20年経過した当時の日本の熱狂的な一大イベント。それは全世界に大いにアピールしたのが1964東京五輪、1970大阪万博、1972札幌冬季五輪(戦時中に開催予定)に間違いないだろう。解体されてしまった東京五輪の象徴は丹下健三の東京代々木の国際競技場、大阪万博のグランドデザインは同じく丹下健三であったが圧倒的に岡本太郎の太陽の塔の存在があったが暫くたって解体された。札幌五輪の象徴的なものは大倉山シャンツエぐらいで何も残っていないだろう。1960年生まれの私に記憶に残るのは母の実家から2度出かけた1970年(昭和45年)の大阪万博だ。太陽の塔は象徴的だったが、北野たけしの岡本太郎パロディがなかったら記憶から遠退いてたかも(笑)。絶対的な記憶は歌だ。三波春夫「こんいにちーはー世界の国から‥1970年のこんにちは~」水前寺清子「幸せは歩いてこないだーから歩いいくんだよ…一日一歩、3日で3歩‥」坂本九の歌だ。会場でどこからも聞こえ続けてきた。札幌五輪の記憶はテレビでしか見ていないがトアエモアの「虹と雪のバラード」だと思う。建物建築物は口では表現しずらいが音楽歌は「口ずさむメロディ」でいつの時代も表現しやすい。1970年から55年経った⇒大阪EXPO2025の会場には関西系の芸人?ミュージシャンのLiveがあったが知らない人たち。会場には記憶にstockされる繰り返し流されるような歌と音楽はない。キャラクターの「みゃくみゃく」もアメーバのごとく溶け出しFlowとして通り過ぎて記憶から消えるような気がする。

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